弁護士 石田 優一
弁護士 是永 淳志
1 法改正で事業規模を問わずにストレスチェックの対象に
令和7年5月14日に、「常時雇用する労働者数が50人未満の事業場であっても、ストレスチェックを実施する」改正労働安全衛生法が公布されました。本コラムの執筆時点では未施行ですが、今後、令和10年までに施行される予定です。
本コラムでは、法改正を受けてストレスチェック制度の導入を検討している中小企業向けに、ストレスチェックの仕組みや、法的に留意すべきポイントなどを解説します。
2 ストレスチェックの概要
(1) そもそもストレスチェックとは?
ストレスチェックとは、労働者が自分のストレスについて質問票に記入し、それを実施者(産業医や外部委託事業者)が集計・分析することで、労働者自身のストレス状態を検査する方法です。詳しい仕組みについては、厚生労働省の「ストレスチェック制度導入ガイド」などをご覧ください。
(2) ストレスチェックの実施結果の報告義務
ストレスチェックを実施した結果は、毎年1回、労働基準監督署長に報告しなければなりません。報告を怠ると、労働基準監督署から指導等を受けるおそれがあります。
(3) ストレスチェックの実施後における面接指導の義務
ストレスチェックの結果、「高ストレス者」と評価された労働者が面接指導を申し出た場合には、(事業主の費用負担のもとで)医師の面接指導を実施しなければならない義務があります。面接指導においては、ストレス状態に関する聴取や、セルフケア指導等が行われます。
事業者は、面接指導の結果を踏まえて、医師の判断のもとで、その労働者のストレス状態に応じた対策(労働時間の短縮等)や、職場環境の改善に取り組まなければなりません。
(4) ストレスチェックの結果を分析する努力義務
事業主には、「集団分析」によって、ストレスチェックの結果を分析する努力義務があります。集団分析とは、ストレスチェックの結果を原則10人以上の部門・役職ごとに集計して、その結果を比較検討する分析手法です。「仕事のストレス判定図」を用いると、職場において発生しているストレス要因を、視覚的に分析することができます。
3 ストレスチェックの実施と安全配慮義務との関係
(1) ストレスチェックで高ストレス者と評価された労働者の面談指導申出を拒否した場合
労働安全衛生法は、事業主に対し、面接指導の結果を踏まえて、労働者のストレス状態に応じた対策(労働時間の短縮等)を実施することを義務づけています。高ストレス者と評価された労働者の面談指導申出を拒否することは、このような対策が適切に実施されない要因となりますので、安全配慮義務違反を基礎づける大きな事情になると考えます。
(2) ストレスチェックを実施しなかった場合
ストレスチェックを実施しないことが、直ちに従業員のメンタルヘルス問題を生じさせるわけではありませんので、「ストレスチェックの実施を怠った=安全配慮義務違反」という式は成り立たないように思います。
ただ、ストレスチェックの実施を怠っても、安全配慮義務との関係で全く問題がないと考えることは、妥当性を欠きます。そのように理解した場合、本来は高ストレス者に該当する労働者から面談指導の申出を受けないために、ストレスチェック自体を実施しないほうが、安全配慮義務違反に問われるリスクを下げられる結果になるからです。
(あくまでも私見ですが)少なくとも、このような潜脱的な意図でストレスチェック自体を実施していないケースにおいては、安全配慮義務違反を認めるべきであるように思います。
また、(あくまでも私見ですが)ストレスチェックが労働安全衛生法上の義務である以上、ストレスチェック自体を実施していない事情は、(他の事情と相まって)安全配慮義務違反を基礎づける1つの事情として評価すべきであるように思います。
4 中小企業におけるストレスチェック結果の活用
ストレスチェック結果の活用は、「集団分析」によって、1人1人のストレス状態が特定されない形で実施することが望ましいです。仮に、1人1人のストレス状態まで分析するのであれば、個々の労働者から同意を得る必要があります。
もっとも、中小企業の場合、「集団分析」の手法によっても、母数の少なさから、分析結果から特定個人のストレス状態を推知できてしまうおそれがあります。「仕事のストレス判定図」を用いた分析の場合、比較的このようなリスクは軽減できますが、それでも完全にリスクを避けることはできません。
労働者の人数が少ない中小企業においては、ケースバイケースで、分析手法を工夫したり、必要に応じて労働者の個別の同意を得たりすることが求められます。また、労働者の個別の同意なく、分析手法の工夫によって対処する場合には、労働者の不安感を解消するために、その分析手法の概要を周知することが望ましいです。
今回の法改正を踏まえて、今後、厚生労働省から、中小企業のストレスチェック実施に関する情報提供がなされることが予想されます。中小企業の労務担当者の皆さまは、ぜひ定期的に厚生労働省のサイトをチェックして、最新情報に触れるようにしてください。
5 弁護士がサポートできること
当事務所では、ストレスチェック実施規程の策定や、ストレスチェック制度に関する研修など、ストレスチェックの実施に関連する法律問題についてサポートいたします。それに限らず、当事務所では、様々な労務管理・労使紛争へのご相談に対応しております。お困りの際は、お気軽にご相談ください。