コラム

医療ビッグデータ利活用と次世代医療基盤法について弁護士が解説

目次

第1章 ドラえもんの「お医者さんカバン」が現実になる時代へ
第2章 医療ビッグデータと医療データマイニング
1 医療データマイニング
2 医療データマイニングの難しさ
3 信頼性の高い医療データマイニングを実現するためには
第3章 医療ビッグデータの構築と個人情報保護
1 個人情報保護法の原則ルール
2 匿名加工情報に加工したうえでの第三者提供
3 次世代医療基盤法
第4章 おわりに

第1章 ドラえもんの「お医者さんカバン」が現実になる時代へ

ドラえもんの「お医者さんカバン」というひみつ道具をご存じでしょうか。体調の悪い人にカバン型の機器に付属した聴診器を当てると、自動的に診断を行い、病状にあった薬が出てくる優れものです。一見、夢物語のような道具ですが、このような世界が現実になるかもしれません。

厚生労働省は、保健医療分野において、次の6つに重点をおいてAI活用を進めていくことを目標として掲げています(「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会報告書」(平成29年6月27日・厚生労働省))。

(1) ゲノム医療
(2) 画像診断支援
(3) 診断・治療支援
(4) 医薬品開発
(5) 介護・認知症
(6) 手術支援

例えば、画像診断支援や診断・治療支援は、これまで医師の判断だけで行っていた傷病名の診断や治療方針の検討について、AIを活用しようとする取り組みです。このような仕組みが大きく進化を遂げれば、将来、ロボットが患者を診察してそのデータをAIで分析し、自動診断の結果に基づいて治療を行うようなことが、現実に可能となるかもしれません。

もちろん、このような世界が実現するのは、はるか未来のことであろうと思いますが、医療AIの活用自体は、すでに現実のものとなりつつあります。

厚生労働省では、「データヘルス改革推進本部」が設置され、様々な医療情報を統合して関係機関での利活用を目指すデジタルプラットフォームの検討が進められています。このようなデジタルプラットフォームが実用化された場合、大規模な医療ビッグデータが完成し、医療AIの活用が大きく前進することが期待されます。

医療ビッグデータの利活用によって期待されることの1つが、「医療データマイニング」の普及です。医療データマイニングは、膨大なデータを分析することで、これまで「だれもが気づかなかった」新しい疾病の要因や治療方法などを発見する手法です。近年のAIの進歩やコンピュータの能力向上により、医療データマイニングの実用性が高まっています。

第2章 医療ビッグデータと医療データマイニング

1 医療データマイニング

データマイニングとは、収集した大量のデータを解析して、これまで明らかでなかった発生要因や傾向などを発見する手法のことです。マイニングとは、鉱山から鉱物を掘り出すという意味で、たくさんのデータから新しいことを発見するところが「マイニング」に似ているというのが、名前の由来です。

データマイニングは、統計解析とは手法が異なります。統計解析は、あらかじめ「この薬を飲めば病気が治るはずだ」という仮説からスタートして、実際に一定数の被験者に投薬した結果(サンプル調査結果)を検証していく手法です。一方、データマイニングは、あらかじめ仮説を設定することなく、収集した大量のデータを分析することで、時には人が思いもよらなかった発生要因や傾向を発見することができるところに特長があります。

このようなデータマイニングの手法を医療分野に利活用していこうというのが、「医療データマイニング」です。例えば、医療機関からカルテや検査結果などの大量の情報を集約してデータベースを作りだし、データマイニングによって分析することで、例えば、「検査結果でこのような特徴のある人はA病を発症するおそれがある」「B病の人はC病を併発するリスクが高い」「D病のためにこれまで使用されてきた薬がE病にも効果を発揮している」など、これまでだれも気づかなかった新たな法則や傾向を発見することができます。これまで医師の経験や勘によって培ってきた治療方法を、今後は医療データマイニングの手法によって発見することができます。

特に、近年のAIの普及やコンピュータの能力向上によって、これまでは処理できなかった大量のデータの処理や、複雑な分析ができるようになったことで、医療データマイニングへの注目が高まっています。最近では、ニューラルネットワークを活用した分析手法も研究が進んでいます。

2 医療データマイニングの難しさ

医療データマイニングは、一見、疾病のデータをたくさん集めさえすれば容易に実現できそうな印象ですが、決してそうではありません。

例えば、「喫煙する人」と「喫煙しない人」とで生活習慣病に罹患している数を調べたところ、「喫煙する人」のほうが多かったとします。この結果から、「喫煙をすると生活習慣病になりやすい」と結論づけてよいでしょうか。そのように直ちに結論づけることはできません。なぜなら、「喫煙する人」に中年男性が多いとすれば、「中年男性は生活習慣病になりやすい」からこのような結果になった可能性があるからです。このようなことを「交絡」といいます。

患者は1人1人、身体的特徴も、生活環境も、年齢も異なります。そのため、患者1人1人の様々な属性までデータ化したうえで、医師の専門的知見や研究結果も踏まえて交絡要因も考慮することが不可欠です。

3 信頼性の高い医療データマイニングを実現するためには

データマイニングの品質を高めるためには、様々な種類のデータを大規模に分析することが不可欠です。そのためには、大規模な医療ビッグデータの構築に取り組んでいくことが必要になります。

第3章 医療ビッグデータの構築と個人情報保護

第2章で詳しく説明したように、医療ビッグデータは、今後の医療分野の発展のために需要な役割を果たすことが期待されます。一方で、医療ビッグデータには、患者の病歴を始めとするセンシティブな情報が必然的に含まれるため、個人情報保護との関係でどこまで利活用を認めてよいかが課題となります。

1 個人情報保護法の原則ルール

個人情報保護法では、データベースとして管理される個人情報(個人データ)を本人の同意なく第三者に提供することは、原則として禁止されています(同法27条1項)。

例外として、個人情報保護法では、本人から求めがあれば第三者提供を停止する前提で、一定の要件のもとで本人の同意なく第三者への個人データの提供を認める規定があります(オプトアウト、同法27条2項)。ただ、要配慮個人情報については、この規定が適用されないことになっています。身体や精神の障害、検査結果、診療・調剤情報は要配慮個人情報に該当しますので、医療ビッグデータでは、この規定を根拠に第三者への提供を正当化することはできません。

2 匿名加工情報に加工したうえでの第三者提供

個人情報保護法では、本人の同意なく医療ビッグデータを第三者に提供することができる方法として、匿名加工情報(同法2条6項)に加工したうえで提供する方法を定めています。個人データを、匿名加工情報に加工した場合、第三者に自由に提供することができるようになります。

匿名加工情報に加工するためには、個人情報保護法や関係法令に基づいて特定の個人を識別することができないように加工したうえで、元の個人情報を復元することができないようにしなければなりません。例えば、症例の少ない疾病(仮に「A病」とします。)の場合、居住地域・年齢・性別・治療期間などの情報で、特定の個人を特定できるおそれがあります。その場合は、特定の個人を特定することができない形に加工を施すか、そのデータ自体を削除するか、いずれかの対応が必要になります。

匿名加工情報への加工に当たっては、詳細なデータ分析を行ったうえで、特定の個人を特定できるおそれのあるデータにくまなく加工を施さなければなりません。しかし、このような加工を、一般の医療機関が実施することは困難です。

匿名加工情報の仕組みでは、一般の医療機関から広くデータを収集して医療ビッグデータを構築することはできません。

3 次世代医療基盤法

このような課題を解決するために、平成30年5月11日に施行されたのが、「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律」(次世代医療基盤法)です。次世代医療基盤法では、個人情報保護法の特例として、医療ビッグデータを構築しやすいルールを定めています。

医療ビッグデータを作成したい事業者は、医療情報の適正・確実な匿名加工を行うことができる体制や高度なセキュリティ対策などの一定の基準を満たすことで、次世代医療基盤法に基づく主務大臣の認定を受けることができます。認定を受けた事業者を、「認定匿名加工医療情報作成事業者」といいます。

前述のとおり、個人情報保護法では、本人から求めがあれば第三者提供を停止する前提で、一定の要件のもとで本人の同意なく第三者への個人データの提供を認める規定(オプトアウト)は、要配慮個人情報である医療情報が含まれるケースでは適用されないことになっています。次世代医療基盤法30条は、これに対する例外規定を定めています。

具体的には、医療機関などが認定匿名加工医療情報作成事業者に対して医療情報を提供する場合には、本人から求めがあれば第三者提供を停止する前提で、一定の要件のもとで本人の同意が不要とされています。

つまり、認定匿名加工医療情報作成事業者であれば、医療情報の加工をしていない状態でも、医療機関などから医療情報の提供を受けることができます。この制度を活用することで、認定匿名加工医療情報作成事業者が中心となって全国の医療機関などから大量の医療情報を収集し、匿名加工を施したうえで、医療ビッグデータとして、研究機関や製薬企業、医療機器メーカーなどに広く提供することができるようになります。

第4章 おわりに

医療ビッグデータの利活用については、現状ではスタートラインの段階ですが、今後、私たちの暮らしを支える重要なインフラの1つとなるかもしれません。「IT×医療」の取組みが急伸していくことを期待します。


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