コラム

公立学校教員のメンタルヘルスの問題を弁護士が解説

弁護士 倉田 壮介

第1章 はじめに

昨今においては私企業においてもメンタルヘルスの問題がクローズアップされていますが、公立学校における教員のメンタルヘルスの問題は我が国の教育制度維持の観点から非常に大きな問題となっています。

公立学校の教職員の労働関係については、労働基準法の多くの規定が適用される一方で、地方公務員ですから私企業の従業員の労働関係とは大きく異なる法律が適用されます。

本稿においては、このような公立学校の教職員のメンタルヘルスの問題と、その対応についてできるだけ簡単に説明してみたいと思います。

第2章 公立学校の教職員の現状

現状、我が国の学校教育は今持続可能かどうかの岐路に立たされていると言われています。

特に、我が国の学校教育は諸外国と比較しても授業以外にも広範な役割を担っていると言われています。学習指導のみならず、様々な場面を通じて、児童生徒の状況を総合的に把握して指導を行う「日本型学校教育」の取組は、国際的に見ても高く評価されています。

このような学校教育は、他ならず現場教職員の頑張りによって支えられているところがありますが、持続可能性という面から見た場合、危うい面をはらんでいます。

教職員の職場環境が質量ともに過酷化していることはデータ上も明らかなところですが、少子高齢化のもと労働者数は減少の一途をたどっており、これら教職員という職業についてブラックであるとの印象が独り歩きしてしまうと、新たな教員のなり手に事欠く危険性もあり、そのようなことになれば学校教育の質の低下に直結しかねません。

教職員が疲弊していくことは、それは子どものためにならないのです。

このような考え方は、文部科学大臣の諮問を受けた中央教育審議会による「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)」にも明らかにされているところです。

かかる観点からも、貴重な意欲と経験を持つ教職員の方には、極力復帰していただかなければなりませんが、現状2割程度の方が復帰がかなわないと言われています。

第3章 教職員の病気休暇、病気休職、分限降任・免職

1 メンタルヘルスの問題で勤務ができなくなったら

教職員の方が、メンタルヘルスの問題により勤務ができなくなってしまった場合、多くの場合、「病気休暇→病気休職→復帰」あるいは分限免職といった経過をたどります。復帰にあたっては、分限降任をともなうこともあります。

それでは、病気休暇、病気休職、分限降任・免職とは、どのような手続でしょうか。

2 病気休暇と病気休職

このうち病気休暇とは、条例に基づき認められているものです。療養のための最小限の期間について職員の申請に基づき認められます。比較的短期間の休業が予定されています。

他方、病気休職は、分限処分の一種です。あくまで職務を十分に果たすことができない場合に、公務の能率維持の観点から任命権者によりなされることになります。職員の意思に関わらず、一方的に行うことができます。比較的長期間の休業が予定されています。

なお、分限休職はその期間が満了した場合、病気が治っていようが治っていまいが、当然に復職する取り扱いとなっています。この点については、期間満了に伴い当然退職扱いとされることの多い私企業と大きく異なる点です。

したがって、休職期間が満了したにもかかわらず病状が回復しておらず退職せざるをえない状況である場合、一旦復帰した上で分限免職の手続に移る取扱いになります。

また、分限休職となったものの、期間満了前に回復し復帰可能となった場合には、休職処分の撤回により復帰する取り扱いとなります。

3 分限降任と分限免職

分限降任・分限免職も、上記の分限休職と同様に、分限処分です。

分限処分は、懲戒処分と同じく本人の意思に反して降任されたり免職されたりしますが、懲戒処分と異なり、本人の道義的責任が問題にならない点大きく異る制度です。

4 ここまでのまとめ

この、病気休暇、病気休職、分限降任・免職といった手続は、各々独立した別個の手続です。したがって、たとえば、病気休暇を経ることなく、病気休職とすることや分限免職とすることも可能です。しかしながら、メンタルヘルスの問題においては、先の見通し(回復可能なものなのか、可能だとしてどの程度の期間がかかるのか)がはっきりしないことも多く、このステップを踏むことが多いようです。

第4章 休業職員に対するケア

休業職員に対する具体的なケアについては、各地方公共団体において、当該地方公共団体の条例上の手続に応じた詳細なマニュアル・パンフレットが作成されていることがあります。実際の事案の処理においては、これらを参照するとよいでしょう。特に手続き面に関しては大いに参考になります。

特に休業開始時においては、当該職員は大きな不安を感じていることが一般的です。いつまで休むことができるのだろうか、その間の給料についてはどうなるのだろう、どうやったら復職できるのだろう…などが代表的な不安です。

休業開始時においてこれらについて丁寧に説明し安心してもらうことができれば、その後の各手続きにおける安心感にも繋がり、当該職員との信頼関係にも資するといえます。トラブルを予め予防するためにはこの段階での安心と信頼関係の醸成は不可欠と言えるでしょう。

現在、教職員の職場復帰に関しては殆どすべての自治体で、時間短縮などによる復職のためのプログラムが実施されています。また、幸いにして復職できた場合、再発を予防するためのアフターケアが不可欠です。これらに関しては、本人の了解を得た上で、職場の方によるフォローが必要となります。

仮に同僚の方々のメンタルヘルスの問題への理解がおぼつかない場合、このような協力が十分に得られない危険性が考えられます。このため、このような事態が発生する前に職員への研修等により、メンタルヘルス問題への理解を啓発しておくことは重要であるといえます。

第5章 分限免職について

さて、幸いにして復職がうまく行った場合にはよいのですが、当然そうでないケースというものが考えられます。

その場合は、任命権者としては分限免職についても検討しなければなりません。

このときは、分限免職より先に分限降任処分が可能でないか、より下のポストであれば復職できるのではないかをまず検討することになります。

というのも、降任の場合は免職より裁量判断の余地を広く認めても差し支えないとされる(裏を返せば免職の場合は裁量の余地が狭い)からです。これは、免職の場合は公務員としての職を失うことになるという重大な結果をもたらすこと、降任は現についている特定の職についての適格性が問題にされる一方、免職はすべての職の適格性が問題とされるためです。

それでもやはり分限免職を検討しなければならないケースはあります。分限免職の手続については、条例上、指定医師2名の診断を要するとされることが一般的です。

1 職員が医師の受診を拒否した場合の対応

しかしながら、現実にはこのような診断を受けることを職員が拒否することが考えられます。回復が思わしくない自覚がある場合、免職を避けるためにこのような行動に出ることは十分考えられるところです。

かかる場合、任命権者としてはどのように対処すべきでしょうか。

まずは繰り返しの説得によるべきではありますが、それが奏功しない場合、受診命令を出すことが可能であると考えられます。説得にも関わらず拒否する場合には職務命令として、特定の医師を指定して受診を命じることができるわけです。

これは、公務能率の維持及びその適正な運営の確保の必要から、職務遂行能力の有無を判断し、地公法28条1項2号に定める分限免職処分の要件を満たすか判断するため、職務命令を出すことが可能であると考えられているようです。

それでは、受診命令にも関わらず職員が正当な理由なく受診を拒否する場合、心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合にあたるとして分限免職をなしうるでしょうか。

まず、任命権者のみの判断で分限処分を行うことは許されないと考えられています。といいますのも、指定医師の診断を要件とした趣旨は客観的資料に依拠させることで恣意的な判断を排除して職員の身分保障を図ることにあるので、かかる条例の趣旨を没却する恐れがあるためです。

ただ、診断を拒否し続けた職員が分限免職を免れるのは明らかに不均衡です。このため、裁判例においては、職場における言動等の目撃報告書などをもとに主治医及び2名の指定医師に対して病状と適性について意見を求め、これに基づいた処分について有効としたものがあります。

2 医師の判断が分かれた場合の対応

また、医師の判断が分かれた場合には、どのように考えるべきでしょうか。特に指定医師と主治医の判断が別れる場合が多いものと考えられます。

主治医の先生は当該患者の利益を重視し極力回復につながる方向で書面を作成するバイアスがかかる傾向にあります。このため、任命権者の指定医師の判断とは異なることがありえます。
この点に関しては、より客観的な資料に基づいたより合理的な判断である場合、指定医師の判断によることが可能であると考えられます。

裁判例としても、指定医師2名に職員の職場における態度・言動等従前の経歴・経過等に関する内容を記載した資料を提供し、その上で、指定医師2名が職場復帰不可との診断を行ったのに対し、主治医は主に職員本人の申告内容を重視して復帰可能との診断を行った事例において、指定医師の診断を採用して行われた分限免職処分を適法とした裁判例があります。

第6章 最後に

現在我が国の置かれている状況に鑑みれば、教職員の方々には大きな負担がかかっており、一方で意欲や経験のある教職員へのニーズは非常に高いものが有るといって良いと思います。
これら先生方の復帰のために適切なサポートを行うことは必須でしょう。ただ、メンタルヘルスの問題は非常にデリケートです。このような問題を抱える前に必要な研修等啓発などを行い、また現に発生してしまった場合には専門家にご相談の上適切な対応を行う必要があります。

メンタルヘルスの問題でお困りの際には、ぜひ、当事務所にご相談ください。詳しくは、こちらの業務案内をご覧ください。

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