目次
1 はじめに
2 薬機法上の「医療機器」を提供するときの課題
3 「医療機器」該当性の判断方法
(1) 「医療機器」の定義
(2) 「ネムリ」は「医療機器」に該当するか
(3) 「医療機器」に該当するかどうか判断に迷ったら
4 「医療機器」に該当しないことを前提にプログラムを提供する際の留意点
5 おわりに
1 はじめに
最近、ITとヘルスケアを融合した「デジタルヘルスケア」(「デジタルヘルス」)の分野が急速に進歩しています。
「人生100年時代」という言葉が流行し、「1人1人がいかに健康的に長く生きるか」が社会の大きなテーマになっています。このような時代の到来により、デジタルヘルスケアの分野に参入するベンチャー企業も様々登場し、大きな市場が生まれつつあります。
今回は、デジタルヘルスケアの分野に参入する企業が理解しておかなければならない薬機法のルールについて、ケーススタディ形式で解説したいと思います。
2 薬機法上の「医療機器」を提供するときの課題
デジタルヘルスケアの分野に参入するうえで障壁となるのが、薬機法(旧薬事法)規制です。
デジタルヘルスケアサービスの提供のために利用するプログラムが薬機法上の「医療機器」に該当する場合は、参入に際して製造販売業許可を受けなければなりません。それに加え、個々のプログラムについて、製造販売承認を受けなければなりません。
製造販売承認を受けるためには、性能や安全性、有効性等を検討したうえで、詳細にその結果を整理した申請書を医薬品医療機器総合機構(PMDA)に提出して、審査を受けなければなりません。
限られた予算の中でスモールスタートを始めようとする企業にとって、これらの手続を踏まなければならないことは大きな障壁となります。まずは、薬機法の規制を受けないスキームを検討することが、現実的な対応といえます。
3 「医療機器」該当性の判断方法
では、デジタルヘルスケアサービスの提供のために利用するプログラムが薬機法上の「医療機器」に該当するかどうかは、どのように判断すればよいのでしょうか。ここからは、ケーススタディ形式で説明したいと思います。
<ケース>
1 株式会社ネムリラボは、睡眠の質の向上を通じてユーザーの健康維持をサポートするスマートフォンアプリ「ネムリ」の開発を進めようとしています。「ネムリ」の主な機能は、次のとおりです。
(1) スマートフォンに内蔵されたマイクで、睡眠中における呼吸音の変化を検知して、データとして記録する機能
(2) スマートウォッチと連携して、睡眠中の心拍数の変化をデータとして記録する機能
(3) (1)・(2)の記録データをグラフにして表示する機能
(4) (3)のグラフの中で、呼吸音が大きくなったり、睡眠中に心拍数が上がったりした時間帯を色分けして表示する機能
(5) 起床時に、ユーザーが快眠度を5段階で自己評価して記録することができる機能
2 将来的には、睡眠中における呼吸音や心拍数の変化を分析して、睡眠の質の程度をパーセンテージ表示する機能(睡眠の質チェック機能)を実装することを計画しています。
3 睡眠の質チェック機能の仕組みは、次のとおりです。
(1) ユーザーが快眠度を低く評価した日について、睡眠時の呼吸音や心拍数のデータを収集する
(2) 収集データである睡眠時の呼吸音や睡眠中の心拍数の変化を学習して、快眠度の低いユーザーに一般に見られる傾向を分析できるようにする
(3) 呼吸音や心拍数の変化をAI分析して、快眠度の低いユーザーに見られる傾向との類似度を評価し、記録する
4 さらに、睡眠の質の程度が慢性的に低いユーザーに対しては、不眠の健康上の影響に関するコラムを表示したり、睡眠外来の受診をおすすめしたりする機能(受診おすすめ機能)を実装することも計画しています。
(1) 「医療機器」の定義
「医療機器」の定義については、薬機法2条4項に定められています。その内容を整理すると、次のとおりです。
「医療機器」とは、次のア・イを両方満たすものをいいます。
ア 人若しくは動物の疾病の診断、治療若しくは予防に使用されること、又は人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされたものである
イ 薬機法施行令別表第1に掲げるものである
薬機法施行令別表第1には、疾病診断用プログラム、疾病治療用プログラム、疾病予防用プログラムや、これらのプログラムを記録した記録媒体が挙げられています。ただし、「副作用又は機能の障害が生じた場合においても、人の生命及び健康に影響を与えるおそれがほとんどないもの」については、プログラムやその記録媒体については、薬機法上の「医療機器」とは扱わないこととされています。
つまり、デジタルヘルスケアサービスの提供のために利用するプログラムが薬機法上の「医療機器」に該当するかどうかは、次の2つの要件を両方満たすかどうかで判断されることになります。
ア 人の疾病の診断・治療・予防に使用することが目的とされるプログラム(あるいはその記録媒体)に該当すること
イ 副作用又は機能の障害が生じた場合においても、人の生命及び健康に影響を与えるおそれがほとんどないものには該当しないこと
「医療機器」の定義については以上のとおりですが、プログラムが薬機法上の「医療機器」に該当するかどうかについては、「プログラムの医療機器該当性に関するガイドライン」(令和3年3月31日・令和5年3月31日一部改正、以下では「ガイドライン」といいます。)において詳細に判断手法が示されています。
ガイドラインによれば、プログラムが薬機法上の「医療機器」に該当するかどうかは、メーカーによる製品への表示・説明資料・広告等から検討するとされています。
これは、プログラム自体は同じであっても、スポーツ選手のトレーニングを目的としていることがメーカーから標榜されているか、あるいは、病気の予防を目的としていることがメーカーから標榜されているかで、扱いが変わることを意味しています。
(2) 「ネムリ」は「医療機器」に該当するか
ここからは、<ケース>で登場したアプリ「ネムリ」が薬機法上の「医療機器」に該当するかどうか、ガイドラインを踏まえて考えます。
ア アプリ「ネムリ」の性質を考える
まずは、株式会社ネムリラボが標榜する使用目的を踏まえながら、アプリ「ネムリ」の性質について考えます。
「ネムリ」は、「睡眠の質の向上を通じてユーザーの健康維持をサポートする」アプリであることから、不眠症の予防を目的としたプログラムに該当する可能性があります。また、不眠の健康上の影響に関するコラムを表示したり、睡眠外来の受診をおすすめしたりする機能を実装した場合、不眠症の診断を目的としたプログラムに該当する可能性があります。
「ネムリ」は、スマートフォンやスマートウォッチの機能を利用して、ユーザーの呼吸音や心拍数のデータを収集しています。この場合は、(プログラム単体で実現する機能ではない)呼吸音や心拍数のデータを収集する機能についても「医療機器」該当性の判断上考慮されます。
また、「ネムリ」には複数の機能がありますが、このうちの1つの機能だけでも「医療機器」該当性の判断基準を満たすものがあれば、プログラム中のその機能にかかわる部分だけではなく、プログラム全体が「医療機器」に該当するものと判断されます。
イ 呼吸音・心拍数の変化を記録してグラフ表示(+色分け)する機能
「ネムリ」には、呼吸音・心拍数の変化を記録してグラフ表示し、呼吸音が大きくなったり、心拍数が上がったりした時間帯を色分け表示する機能があります。
ガイドラインによれば、特定の疾病への罹患可能性や、将来的に罹患につながる可能性を指摘するものでなく、単に、健康維持や生活環境の改善のための一般的な情報を提供するにとどまるケースでは、「医療機器」に該当しないと判断される可能性が高いです。
呼吸音・心拍数の変化を記録してグラフ表示(+色分け)する機能は、それをもって特定の疾病への罹患可能性や、将来的に罹患につながる可能性を指摘するものではないため、「医療機器」該当性を肯定する機能とまではいえないように思われます。
ウ 睡眠の質チェック機能
次に睡眠中における呼吸音や心拍数の変化を分析して、睡眠の質の程度をパーセンテージ表示する機能(睡眠の質チェック機能)について検討します。
睡眠の質チェック機能は、睡眠中の呼吸音・心拍数データに基づき、個々のユーザーが不眠症に罹患している可能性や、将来的に不眠症に罹患する可能性を示唆するような情報を提供するものであることから、「医療機器」該当性が問題になります。
もっとも、前述のとおり、「障害が生じた場合においても、人の生命及び健康に影響を与えるおそれがほとんどない」機能であれば、「医療機器」該当性は否定されます。
睡眠の質チェック機能は、不眠症への罹患(又は将来的な罹患可能性)を示唆するものではあるものの、直接的に罹患・罹患可能性を回答するものではありません。また、そのユーザーの状況に応じた具体的な改善方法を情報提供するものでもありません。これらの事情から、「障害が生じた場合においても、人の生命及び健康に影響を与えるおそれがほとんどない」機能に該当するように思われます。
よって、睡眠の質チェック機能を備えていることをもって、「医療機器」該当性が肯定されるものではないと思われます。
エ 受診おすすめ機能
受診おすすめ機能は、ユーザーに対し、独自のアルゴリズムに基づき、自分が不眠症に罹患している可能性があるかどうかを判断しうる情報を提供するものです。また、受診おすすめ機能を利用していると、「医療機関への受診をおすすめされていない間は心配ない」と誤解する懸念は往々にしてあります。
そして、実際には不眠症が悪化しているにもかかわらず、「心配ない」と誤解して放置してしまえば、心身に不調をきたし、健康に大きな影響を及ぼす懸念があります。
これらの事情を踏まえると、受診おすすめ機能については、「障害が生じた場合においても、人の生命及び健康に影響を与えるおそれがほとんどない」といえるか、慎重な検討が必要です。
特定の機能が「医療機器」該当性を肯定しうるようなものであるかどうかは、医薬品医療機器総合機構(PMDA)サイトの「医療機器基準等情報提供ホームページ」の「一般的名称検索」において、その機能に関連する一般的名称が「医療機器」として登録されているかどうかも考慮する必要があります。受診おすすめ機能に関連する一般的名称としては、「睡眠評価装置用プログラム」(睡眠評価装置から得られた情報をさらに処理して診断等のために使用する医療機器プログラム)が登録されています。受診おすすめ機能が「睡眠評価装置用プログラム」に近い性質のものであれば、「医療機器」該当性が肯定される可能性が大きいことになります。
単に、「眠れない状況を放置すると健康悪化につながりますので、医療機関への相談をおすすめします」という程度の情報提供であれば、直ちに「医療機器」該当性は肯定されないように思われます。一方で、「あなたは、医療機関に相談すれば不眠症を診断されうる状況にありますので、医療機関を受診したほうがよいです」「あなたの不眠を改善するためには、このような治療が必要です」といった程度の情報提供に至っている場合は、「医療機器」該当性は肯定される可能性が大きくなります。
受診おすすめ機能を実装するうえでは、以上のような観点を踏まえて、「医療機器」該当性が肯定されないように留意する必要があります。
(3) 「医療機器」に該当するかどうか判断に迷ったら
プログラムが薬機法上の「医療機器」に該当するかどうかの判断は、ガイドラインを読み込んでも容易でないケースが珍しくありません。判断に迷った際には、医薬品医療機器総合機構(PMDA)サイトに情報掲載された「SaMD一元的相談窓口(医療機器プログラム総合相談)」への相談をご検討ください。
4 「医療機器」に該当しないことを前提にプログラムを提供する際の留意点
ガイドラインによれば、「医療機器」に該当しないプログラムについて、ユーザーの誤解を防ぐため、「このプログラムは、疾病の診断、治療又は予防に使用されることを目的としていない」旨、あるいは、「このプログラムは医療機器ではない」旨を表示することが望ましいとされています。
「ネムリ」においても、「医療機器」に該当しないことを前提に配信するのであれば、「このプログラムは、疾病の診断、治療又は予防に使用されることを目的としたものではありません」などの表示をしておくことが望ましいです。
5 おわりに
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