弁護士 石田 優一
目次
第1章 はじめに
第2章 どのような刑事責任が問われているのか
1 不正競争防止法違反とは
2 どのような行為が不正競争防止法違反に問われているのか
3 不正の利益を得る目的
4 持ち出したデータが営業秘密に該当するか
5 「かっぱ寿司」の業務に関して行われたものか
第3章 この事件を教訓に企業が取り組むべき課題
第4章 おわりに
第1章 はじめに
2022年9月30日、回転ずしで有名な「はま寿司」の営業秘密を持ち出した疑いで、「かっぱ寿司」の代表者が逮捕される事件がありました。報道によれば、代表者は「はま寿司」の元役員で、「かっぱ寿司」に移籍する前後の期間に、仕入れ原価や仕入れ元等に関する情報が持ち出した疑いが持たれています。
今回のコラムでは、「はま寿司」データ持ち出し事件でどのような刑事責任が問題になっているかをご紹介したうえで、この事件を教訓に企業1社1社が取り組むべき課題について考えてみたいと思います。
第2章 どのような刑事責任が問われているのか
1 不正競争防止法違反とは
この事件では、不正競争防止法違反が問題になっています。不正競争防止法とは、その名のとおり、不正競争を防止するための法律です。
ビジネスの世界は、事業者同士が商品やサービスの価格や品質を武器に自由に争うことによって成り立っています。それぞれの事業者が、より安い価格や、よりよい品質で、商品やサービスを提供することができるように切磋琢磨し、競争することで、世の中の経済は発展していきます。しかし、価格や品質以外で他の事業者よりも優位になろうとする事業者が増えてしまえば、このような仕組みが崩れてしまいます。このような行為を取り締まることで、世の中の経済の仕組みを守るための法律が、不正競争防止法です。
2 どのような行為が不正競争防止法違反に問われているのか
「はま寿司」データ持ち出し事件において問題になっているのが、営業秘密に関する不正行為です。事業者は、様々な事業活動を通じて、新しく開発した技術や、独自に開拓した顧客、効率的に営業活動を進めるためのノウハウなど、他の事業者には知られたくない有益な情報を蓄積しています。そのような情報が意図しない形で他の事業者に利用されたり、公開されたりすれば、その事業者は大打撃を受けてしまいます。不正競争防止法は、営業秘密に関する不正行為のうち、特に悪質性の高いものに対して刑事罰を課しています。
報道によれば、「不正の利益を得る目的」で営業秘密を持ち出した行為が、不正競争防止法違反に問われているとのことです。はじめに、不正競争防止法の罰則規定について、簡単に確認しておきます。
不正競争防止法21条1項
次の各号のいずれかに該当する者は、10年以下の懲役若しくは2000万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の利益を得る目的で、・・・管理侵害行為(・・・営業秘密保有者の管理を害する行為・・・)により、営業秘密を取得した者
二 ・・・管理侵害行為により取得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、・・・使用し、又は開示した者
[以下省略]
不正競争防止法の罰則規定は複雑ですので、今回のコラムでは、刑事責任を問われる営業秘密に関する不正行為の一部をご紹介します。上に挙げた規定のとおり、(1)「不正の利益を得る目的」によって「営業秘密保有者の管理を害する行為」をして、「営業秘密」を取得したり、(2) 「営業秘密保有者の管理を害する行為」によって取得した「営業秘密」を「不正の利益を得る目的」で使用・開示した場合には、最大で懲役10年の刑事罰が科せられます。
また、このような行為を会社の代表者がその会社の業務に関して行った場合、会社に対しては、最大で5億円の罰金が科せられます(不正競争防止法22条1項2号)。
このように、営業秘密に関する不正行為に対する刑事罰は、かなり重いものです。
まず、代表者の刑事責任については、 (1)不正の利益を得る目的があったかどうか、(2)持ち出したデータが営業秘密に該当するかが、主な争点になると予想されます。
また、代表者の行為が「かっぱ寿司」の業務に関して行われたものであるといえる場合は、「かっぱ寿司」を運営するカッパ・クリエイトも刑事責任を問われる可能性があります。
3 不正の利益を得る目的
「不正の利益を得る目的」とは、公序良俗又は信義則に反する形で不正な利益を図る目的をいいます。
今回の事件では、「はま寿司」の仕入れ原価や仕入れ元等に関する情報を、どのような目的で利用するつもりで持ち出したかがポイントになります。例えば、これらの情報を用いて、「はま寿司」の仕入れ先に、より有利な条件で交渉を持ちかける意図があったのであれば、「不正の利益を得る目的」が認められる可能性が高いものと考えられます。
4 持ち出したデータが営業秘密に該当するか
「営業秘密」に該当する情報とは、次の3つの要件をいずれも満たしているもののことです。
(1) 秘密として管理されている(秘密管理性)
(2) 事業活動に有用な技術上・営業上の情報である(有用性)
(3) 公然と知られていない(非公知性)
「はま寿司」の仕入れ原価や仕入れ元等に関する情報は、競合である「かっぱ寿司」にとっては、仕入れ先に有利な条件での交渉を持ちかけるために有力な材料となりうるもので、事業活動に有用な技術上・営業上の情報である(有用性)といえます。また、このような情報は、公然と知られた情報ではありません(非公知性)。そうすると、このような情報が「営業秘密」に該当するかどうかは、秘密として管理されていたかどうか(秘密管理性)によって決まるものと考えられます。
秘密として管理されていた(秘密管理性)といえるためには、対象となる情報が「営業秘密」としての保護の対象にはなっていない情報と明確に区別することができるように、アクセスの制限や秘密である旨の表示などの合理的な秘密管理措置が講じられて管理されていなければなりません。
コラム執筆時点では、このような情報がどのように管理されていたか不明瞭な点があり、明確に秘密として管理されていたと断定することはできません。ただ、報道によれば、「はま寿司」の仕入れ原価や仕入れ元等に関する情報は特定人しか閲覧することができないようにパスワード管理をされていたとのことであり、秘密として管理されていた(秘密管理性)と評価される可能性は高いものと考えられます。
5 「かっぱ寿司」の業務に関して行われたものか
コラム執筆時点では、代表者の行為が「かっぱ寿司」の業務に関して行われたものかどうかは明らかになっていません。ただ、報道によれば、代表者は「かっぱ寿司」の経営基盤強化に積極的に取り組んでいた経緯があり、「はま寿司」の仕入れ原価や仕入れ元等に関する情報が何らかの形で「かっぱ寿司」の業務に利用されていた疑いはあります。
仮に、代表者の行為が「かっぱ寿司」の業務に関して行われたものであれば、カッパ・クリエイトも刑事責任を問われる可能性があります。
第3章 この事件を教訓に企業が取り組むべき課題
この事件において、「はま寿司」は被害者ではありますが、営業秘密を持ち出すことを許してしまった点の問題について落ち度がなかったかについては、十分な検証が必要であると思います。
不正行為は、「機会」がなければ起きません。この事件も、「営業秘密」に対して全社的に厳格な管理体制が講じられて、およそ持ち出しが困難な状況であれば、生じえなかったものであるように思います。
この事件は、代表者の逮捕にまで至りましたが、多くの営業秘密漏えい事件では、ここまで至りません。以下のグラフをご覧ください。
グラフから読み取れるように、営業秘密漏えい事件の多くは、事実関係の調査や専門家への相談をするまでにとどまり、訴訟で争ったり刑事告訴をしたりするケースはわずかです。その要因の1つは、営業秘密漏えいの立証の困難さにあります。
営業秘密漏えい事件の多くは、証拠をほとんど残さない形で巧みに行われるため、被害企業が泣き寝入りを強いられるケースが少なくありません。
また、仮に、営業秘密漏えい事件の行為者に法的責任を問うことができたとしても、一度情報が漏えいしてしまった不利益をゼロに戻すことはほぼ不可能です。
営業秘密漏えい事件は、「起きてからどうするか」よりも、むしろ、「起きないためにどうするか」のほうが重要です。
営業秘密漏えい事件は、「はま寿司」のような大手企業でも発生するものであり、「うちの会社だけは大丈夫」ということは絶対にありません。
この事件を教訓として、企業1社1社が「営業秘密」の管理体制を今一度見直すことが、重要であるように思います。
第4章 おわりに
「Web Lawyers」では、情報セキュリティ規程の策定、秘密保持や競業避止に関する契約書作成のサポート、営業秘密が万が一漏えいした場合の法的対応のご相談など、営業秘密にかかわる様々な法律問題に対応しております。お困りの際は、お気軽にお問い合わせください。