弁護士 大畑 亮祐
1 はじめに
内閣府の統計によれば,平成30年1月1日~12月31日までの間に,教育・保育施設で発生した重大事故(死亡事故や,治療期間が30日以上の府省や疾病を伴う事故)は,合計1641件あったとされています。そのうち,死亡事故は9件であり,また,負傷のうち1330件(約8割)は骨折によるものであったとされています(※1)。
このような事故については,まずは発生防止策を徹底することが重要です。内閣府・文部科学省・厚生労働省が作成したガイドライン(※2)や,各自治体のガイドラインのほか,各事業者ごとで用意しているマニュアルを職員に周知したり,ヒヤリハット研修等を行うことが大切です。
しかし,残念ながら人間の営みですから,事故は起きてしまうことがあります。このとき,事故後の対応がまずく,学校や保育所と保護者とがトラブルになるケースが往々にして発生します。当職は,「保護者側」からご相談を受けることもありますが,別々の事故や学校・保育所であっても,保護者側の不満のポイントは同じような点を述べられることも多いのです。
そこで,有事の際の保護者対応として重要と思われるポイントをいくつか整理してみます。
2 被害児童第一の対応
まずは何より,被害児童の安全確保や救護をいかに迅速かつ適切に行えるかどうかが重要です。
時折,児童・生徒の訴えが「それほど痛くない」「大丈夫」といった内容であったために,被害を軽視したことで,医療機関の受診が遅れてしまい,後々のトラブルの元になることがあります。保護者とのトラブルですめばまだよく,治療や対応が遅れたことで,児童に後遺症が残ってしまう等の最悪の展開は避けなければなりません。
このようなリスクを防ぐポイントとしては,①早期の素人判断を避け,専門的な判断を仰ぐこと,②当該児童の既往症(アレルギーや先天性疾患)や当日の体調等を把握しておくことが重要です。なお,保育所保育指針やその解説では,疾病や傷害が疑われた場合,嘱託医やかかりつけ医等と連携して対応することとされているところです。
また,③有事の際の対応マニュアルを用意しておくことも重要ですが,場合によっては臨機応変な対応可能性も職員に周知しておくとよいでしょう。たとえば,マニュアル上で医療受診の判断権者とされている者(管理職や養護教諭等)が不在にしていたため,現場の新人職員が判断にまごついてしまい,対応が遅れたような失敗事例もあります。
3 保護者への報告
次に,早期の保護者への報告と謝罪です。
事故直後は,まだ情報は錯そうしていることが多いです。そのため,「既に判明していること」「今後の調査をしないとわからないこと」を整理し,前者を中心に説明しましょう。
この部分を混ぜこぜにしたり,不正確な情報を説明することで,保護者側が混乱したり,認識の行き違いが起きてしまうことがトラブルの原因になります。(後になって「事故直後に受けた説明と,実際とで話が違う」という展開になりがちです。)
事故の詳細については,初期対応時点ではわからなくても,「詳細については早急に調査を行い,事実関係と再発策を検討して報告させていただく」という報告で構いません。まずは事故が起きたことの謝罪と,判明している児童の状況や直後の対応について報告することが重要です。
なお,保護者との連絡窓口については,できる限り一元化(主には管理職)することが望ましいでしょう。
4 事後の保護者対応
初期対応を終えた後,保護者にはどのような報告・対応をするべきでしょうか。
(1)事実関係の調査・報告
まず,「当時に何があったか?」という正確な事故状況を知りたいと思う保護者がほとんどです。上記のとおり,保護者への連絡窓口となる管理職は,当時何があったかを把握していることは少なく,現場の職員に確認していくことが必要です(場合によっては,現場近くにいた他の児童にも協力を求めることになるでしょう。)。
このとき,①いつ,だれが,どの職員に,どういう聴き取りをしたのかという調査経過を個別に整理し,②そのうえで,聴き取った事実を総合して,学校・保育園として,当時の状況はどういうものだったのかを認定し,③再発防止策・改善策を検討する,という各ステップを意識して対応し,保護者にも報告することが良いと考えます。
時折,①のステップをすっ飛ばして②管理職の判断で事故状況を認定していたり,あるいは保護者に①の聴き取りステップの内容を全く開示・説明しない対応が見受けられます。このような対応をされると,保護者としては,学校や保育園の事故状況の説明を信用していいのか不信感を持つことが往々にあります。特に,学校・保育園からなされた説明と,児童が保護者にする説明とが大きく食い違うということになると,保護者は「隠ぺい」「責任回避」を疑い,後々の紛争に発展しかねません。当然,状況の説明が完全に一致しないこともあります。しかし,できるだけ丁寧な聞き取りをすることで,その可能性を減らすことはもちろん,「調査経過の透明性」を高めることで,無用な保護者の不信感を高めないことも意識しておくことが有効です。
なお,この①聴き取り→②事実認定のステップを見誤ってしまうと,当然,それを踏まえた再発防止策も的を射たものにならないことにも留意が必要です。いくら学校・保育園が真摯に対応する姿勢を見せようとしても,肝心の報告の内容が「明後日の方向」のものだと,保護者としては今後の学校・保育園の対応を信用できなくなってしまいます。
ちなみに,①聴き取りの際,現場の職員が,責任を感じて,微細な部分を「ごまかしてしまう」という可能性もあります。調査の際には,職員を責めるのではなく,非審判的な態度での聴き取りを心がけていただくことが重要です。事案によっては,弁護士等,第三者の専門家に事故調査を依頼することも考えられるでしょう。なお,重大事故の場合,自治体への報告が求められますが,自治体が再発防止のための検証委員会(第三者委員会)を設置することがあります。
(2)保険等の案内
事故による治療費や慰謝料等,児童や保護者に発生した損害については,過失が認められる限り,学校や保育園を運営する法人や管理職,実際の現場職員等が連帯して民事責任を負うことになります(なお,公務員の場合は,基本的に責任は地方公共団体が責任を負います。)。
この損害については,多くの場合,日本スポーツ振興センターの災害共済給付の対象になると思われますので,その手続きの案内を早急に行うべきです。また,重大な事故では,この災害共済給付では十分な保障になっていないこともあります。民間保険会社の施設賠償責任保険に加入していれば,同時にその案内や手続の段取りを行うことが必要です。
保険給付の手続をスムーズにすることで,保護者にも安心感が生まれます。また,学校・保育園側としても,賠償の問題は保険に委ねることで,職員が隠ぺいや責任回避の方向性の感情に働く要素を断ち,真摯な事故調査や再発防止,保護者や児童のケアに注力することができます。
※1 令和元年8月6日内閣府子ども・子育て本部「『平成30年教育・保育施設等における事故報告集計の公表』及び事故防止対策について」
※2 平成28年3月「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン」