弁護士 石田 優一
目次
第1章 はじめに
第2章 不当景品類規制の基礎知識
1 景品表示法第4条
2 不当景品類規制に違反した場合の制裁
第3章 懸賞企画の景品表示法上の問題
1 不当景品類規制の概要
2 顧客を誘引するための手段
3 商品・サービスの取引に付随して提供するもの
4 懸賞に係る取引の価額の20倍
5 懸賞に係る取引の予定総額の2%
第4章 ポイント還元の景品表示法上の問題
1 不当景品類規制の概要
2 ポイント還元の問題
3 ケース2の場合
第5章 おわりに
第1章 はじめに
ECサイトでは、ポイント還元や懸賞など、一般に様々な特典が提供されています。このような特典は一般に消費者にとってメリットとなるものですが、商品やサービスの善し悪しよりも特典の善し悪しによって消費者が商品・サービスを選んでしまうほどに“行き過ぎた特典の提供”が横行すれば、本来の自由競争の姿が阻害されて、ひいては消費者のデメリットにつながります。
景品表示法では、“行き過ぎた特典の提供”が横行することがないように、一定の景品類の提供を制限・禁止しています。
このコラムでは、ECサイトの運営者が押さえておくべき不当景品類の規制について取り上げます。なお、不当表示の問題については、「ECサイト運営者のための景品表示法のポイント1-不当表示編」をお読みください。
第2章 不当景品類規制の基礎知識
1 景品表示法第4条
景品表示法
(景品類の制限及び禁止)
第4条 内閣総理大臣は、不当な顧客の誘引を防止し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を確保するため必要があると認めるときは、景品類の価額の最高額若しくは総額、種類若しくは提供の方法その他景品類の提供に関する事項を制限し、又は景品類の提供を禁止することができる。
景品表示法は、具体的にどのような景品類の提供を制限・禁止するかについて、内閣総理大臣の指定に委ねています。不当表示とは異なり、景品類を提供する行為自体に問題があるわけではないため、具体的にどのような景品類を規制の対象にするかについて、行政の判断で柔軟に定められるようになっています。
不当な景品類の提供として制限・禁止される対象を定める告示には様々なものがありますが、ECサイトの運営者が特に押さえておくべき告示は、次の3つです。
・不当景品類及び不当表示防止法第2条の規定により景品類及び表示を指定する件
・一般消費者に対する景品類の提供に関する事項の制限
・懸賞による景品類の提供に関する事項の制限
コラムでは、3つの告示を踏まえて、どのような景品類の提供が制限・禁止の対象になっているかを解説します。
2 不当景品類規制に違反した場合の制裁
不当な景品類の提供は、消費者庁長官(内閣総理大臣から委任されています。)による措置命令(法7条)の対象になります。また、措置命令については、不当な景品類の提供がされた地域の都道府県知事が行うこともできます(法33条11項、施行令23条)。
措置命令の制度概要は、不当表示と同様です。詳しくは、「ECサイト運営者のための景品表示法のポイント1-不当表示編」第2章をお読みください。
第3章 懸賞企画の景品表示法上の問題
[ケース1]
X社の運営するECサイトは、書籍を主に販売しています。このECサイトでは、利用登録の完了後1か月限定で、クイズに正解するとポイント(3,000円相当)を受け取ることができる懸賞にチャレンジすることができます。クイズの内容は、10問の謎解きに挑戦するもので、容易に解法を見つけることが難しいものです。ただ、1,000円以上の書籍を購入することで、容易に解法を見つけるためのヒントが提供されます。
1 不当景品類規制の概要
懸賞により提供する景品類の総額は、懸賞に係る取引の予定総額の2%を超えてはなりません。また、懸賞により提供する景品類の最高額は、懸賞に係る取引の価額の20倍を超えてはならず、かつ、10万円を超えてはなりません。
景品類とは、顧客を誘引するための手段として、事業者が自己の供給する商品・サービスの取引に付随して提供する物品・金銭・優待・サービスなどの経済上の利益をいいます。ただし、(1)正常な商慣習に照らして値引・アフターサービスと認められる経済上の利益や、(2)正常な商慣習に照らして取引に係る商品・サービスに附属すると認められる経済上の利益は、景品類に該当しません。
懸賞により提供する景品類については、値引・アフターサービスと認められる経済上の利益や、正常な商慣習に照らして取引に係る商品・サービスに附属すると認められる経済上の利益には通常該当しません。
2 顧客を誘引するための手段
「顧客を誘引するための手段」とは、新たな顧客の獲得につながったり、あるいは、既存の顧客と取引を継続したり、取引量を増やしたりするような効果がある手段のことです。
形式的には“社会貢献”など顧客獲得と関係のない名目で景品類を提供していても、実質的には顧客獲得の効果があるならば、「顧客を誘引するための手段」に該当します。
顧客に対して経済上の利益を提供すれば、購買意欲につながるのが通常ですので、多くのケースで「顧客を誘引するための手段」に該当するものと考えられます。
ケース1についても、「ポイント(3,000円相当)」は、ECサイトでの購買意欲を高める効果のある経済上の利益であるといえますので、「顧客を誘引するための手段」に該当します。
3 商品・サービスの取引に付随して提供するもの
景品類に該当するかどうかの判断において難しいのが、商品・サービスの取引に“付随して”提供するものに該当するかどうか(取引付随性)です。一般に、(1)経済上の利益の提供が取引本来の内容ではなく、かつ、(2)経済上の利益の提供によって顧客が商品・サービスの取引を決めることに直接つながる場合は、一般に、取引付随性が認められます。
懸賞については、宝くじのように懸賞自体がサービスの内容になっている場合を除けば、(1)経済上の利益の提供が取引本来の内容ではないものと考えられます。
そして、ECサイトの懸賞企画について、商品購入者に懸賞にチャレンジする機会を与える場合は、一般に取引付随性が認められます。この場合、「懸賞にチャレンジしたい」という気持ちから商品を購入する動機が生じうるため、顧客が商品・サービスの取引を決めることに直接つながるからです。
では、たとえ商品を購入していなくても、ECサイトにアクセスしただけで懸賞にチャレンジする機会を与える場合はどうでしょうか。ECサイトにいったんアクセスした後、商品を購入せずにすぐに離脱してしまうことはよくあることです。ECサイトにアクセスしただけでは、直ちに商品の購入につなげられるものではありません。そのため、ECサイトにアクセスしただけで懸賞にチャレンジする機会を与える場合は、一般に取引付随性が否定されます。
ただし、ECサイトにアクセスしただけで懸賞クイズにチャレンジすることはできるとしても、商品を購入することでヒントが提供され、そのヒントがなければクイズに正解することが難しい場合は、取引付随性が認められます。この場合は、「クイズに正解するために商品を購入しよう」という気持ちをユーザーに生じさせるからです。
ケース1は、形式的にはECサイトにアクセスしただけで懸賞にチャレンジする機会を与えるものにすぎません。しかし、1,000円以上の書籍を購入しなければ容易にクイズの解法を見つけることができない点から考えると、実質的には、ポイントの提供が1,000円以上の書籍を購入することに直接つながっているものといえます。よって、ケース1におけるポイントの提供については、取引付随性が認められます。
4 懸賞に係る取引の価額の20倍
購入額に応じて経済上の利益を提供するのであればその購入額が「取引の価額」です。
一方、購入額を問わずに経済上の利益を提供する場合や購入しなくても経済上の利益を提供する場合は、原則として100円を「取引の価額」とします。ただし、経済上の利益を提供する条件を満たす商品やサービスについて通常行われる取引の最低金額が100円を上回るのであれば、その最低金額を「取引の価額」とします。
ケース1は、形式的には、購入しなくても経済上の利益を提供する場合に該当するものとして、100円が「取引の価額」に該当しそうです。ただ、実質的には、1,000円以上の書籍を購入することが経済上の利益を提供する条件となっていますので、1,000円が「取引の価額」に該当するものと考えられます。よって、懸賞に係る取引の価額の20倍は、「20,000円」となります。付与されるポイントの価額は3,000円であり、「20,000円」以内にとどまっていますので、問題はないものといえます。
5 懸賞に係る取引の予定総額の2%
「懸賞に係る取引の予定総額」とは、懸賞を実施する期間において、取引の対象となる商品やサービスの売上予定総額のことです。合理的な売上げ計画を立てたうえで、売上予定総額の2%を超過しないのであれば、景品表示法違反にはなりません。
ケース1であれば、(1)懸賞クイズを実施する予定期間において、1,000円以上の書籍の売れ行きについてどの程度を見込んでいるか合理的に算出したうえで、(2)期間内において懸賞クイズへの正解者に付与することが見込まれるポイントの総額を算出し、(3)そのポイント総額が、対象書籍の売上予定総額の2%を越えないようにしなければなりません。
基本的な考え方は以上のとおりですが、そもそも、書籍の売れ行きや付与見込みポイントをどのように算出すれば合理的といえるかは、難しい問題です。例えば、ケース1であれば、付与見込みポイントを算出するうえで、ヒントの提供を受けたユーザーがどれくらいの確率で全問正解にたどり着けるかを検討しなければなりません。
第4章 ポイント還元の景品表示法上の問題
[ケース2]
X社の運営するECサイトは、書籍を主に販売しています。X社は、2023年1月1日~3日限定で、10,000円以上の書籍を購入した人に3,000ポイント(1ポイント=1円相当)を還元するキャンペーンを行いました。
1 不当景品類規制の概要
懸賞によらないで提供する景品類の価額は、原則として、景品類の提供に係る取引の価額の20%(その金額が200円未満であれば200円)の範囲内で、正常な商慣習に照らして適当と認められる限度を超えてはなりません。
2 ポイント還元の問題
ポイント還元は、一般的には、単なる商品・サービス価格の実質的な値引きと評価することができ、景品類には該当しないものと考えられています。ただし、次のいずれかに該当する場合には、例外的に、値引きとは評価することができず、ポイント還元が景品類に該当するものとされています。
(1) 購入額に応じてポイントが付与されるのではなく、懸賞によって付与されるポイントが決まる場合
(2) 付与されたポイントの用途が限定されている場合
(3) ポイントの付与を受けるかその他の景品を受け取るかを選択することができるようになっている場合
(4) ポイントを別の事業者のサービスにおいても利用することができる場合
3 ケース2の場合
10,000円以上の書籍を購入した人にポイントを還元するキャンペーンは、景品類の提供に係る取引の価額が10,000円ですので、2,000円相当を超える景品類を提供することは原則としてできません。ただし、ポイント還元が値引きと評価されるのであれば、2,000円相当を超えるポイントを付与しても景品表示法違反にはなりません。
ケース2であれば、例えば、次のような場合に、景品表示法違反が問題になります。
(1) 付与したポイントの用途を特定ジャンルの書籍に限定した場合
例えば、付与したポイントの用途を、X社が指定した一部のビジネス書籍に限定した場合が考えられます。この場合、ポイント還元を値引きと評価することができず、景品表示法違反が問題になります。
(2) 付与したポイントが他社のECサイトでも利用できるものである場合
例えば、複数の書籍販売事業者において、共通ポイントを発行するような場合が考えられます。この場合、ポイント還元を値引きと評価することができず、景品表示法違反が問題になります。
第5章 おわりに
このコラムでは、景品表示法規制のうち、不当景品類の考え方について取り上げました。もっとも、不当景品類の考え方は、一見すれば明確な基準があるようですが、実際のケースに当てはめるとよく分からないことが多くあります。
当事務所では、景品表示法についてのご相談も承っております。はじめての方のご相談(60分以内)は無料で、オンラインでのご対応をしておりますので、お悩みのことがございましたら、まずはお気軽にお問い合わせください。